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相続税は、相続が発生した場合に常に課されるものではなく、相続される財産が基礎控除額を超える場合に限って課されます。また、相続税率は超過累進課税が適用されているため、相続される財産の額が大きいほど税率も高くなり、相続税の負担も大きくなります。
従って、相続税を回避したり、その負担を少なくするためには、自身が死んだ場合に相続される財産(これを相続財産といいます)を相続開始前に減少させておくことが、有効な方法となるわけです。
相続財産を減少させる有効な手段としては、自身が有する財産を生前に、自分が死んだ時に相続人になるべき人に贈与しておく方法が考えられます。これを生前贈与といいます。
生前贈与によって、被相続人が所有する財産を減少させておけば、将来、自分が死んだ時の相続税を回避できたり、その負担を軽減する事ができます。
更に、自分の意思で財産を処分できる訳ですから、自分が望む人に財産を承継させることが可能になり、自分の死後の相続争いを回避することも可能となります。
生前贈与は通常の贈与の方法(暦年課税方式)と、相続時精算課税制度による方法があります。
ただし、相続財産を減少するための相続税対策として生前贈与を利用する場合には、暦年課税方式である必要があります。
相続時精算課税制度による贈与では、贈与された財産の価額は、相続税の計算に際して相続財産に算入されるため、相続財産を減少させるという効果はあまり期待できないからです。
例外的に、贈与財産の評価額が、贈与時よりも相続開始時の方が高騰していた場合には贈与時の評価額で財産を評価できるため、評価額が低くできるというメリットはありますが、それでも、贈与財産を相続財産から除外できるわけではありません。
財産を生前贈与する際に注意しなければならないのが贈与税です。すなわち、暦年課税方式の場合、贈与を受ける人が1年間で贈与を受けた合計額が110万円までは贈与税がかかりませんが、1年間に贈与を受けた額が110万円を超えると、その超過額に対して贈与税が課せられることになります。
例えばAという人が、ある年に父親から100万円の贈与を受け、一方で同じ年に母親から50万円の贈与を受けた場合、Aが1年間に受けた贈与の合計額は150万円になりますので、年間の控除額である110万円を40万円超えることになります。この場合、その40万円に対して贈与税がかかることになります。
このように贈与税は誰から贈与を受けたかに関わらず、贈与を受けた人ごとに1年間に贈与を受けた合計額に対して課されることになります。そして、この贈与税の率は相続税よりも高く設定されているため、安易に生前贈与を行うと、相続税対策のつもりが、逆に、普通に相続を行った場合よりも多額の贈与税を納めなければならないことにもなりかねません。
この相続税の負担を回避するためには、贈与を控除額である年間110万円の範囲で複数年に分けて行うという方法が考えられます。例えば年間100万円の贈与を10年間に分けて行えば、最終的には総額1,000万円の贈与を、贈与税を負担することなく行うことが可能となります。
但しこの場合、それが1,000万円の贈与を単に分割履行したと判断されると、1,000万円の贈与であると判断されてしまう危険があります。従って複数回に分けて贈与を行う場合には、各回の贈与毎に贈与契約書を作成する等、それが全体で1個の贈与ではなく、それぞれ別の贈与であることを明確にしておく必要があります。
生前贈与であってもそれが相続開始直前に「専ら相続税を免れる目的」で行われた場合には、これを無制限に認めたのでは被相続人が危篤状態になるなどした場合に相続税逃れの手段として悪用される可能性があります。
そこで、法は相続が開始された場合にその相続開始から遡って3年以内になされた贈与については、これを相続財産に含めて相続税を計算することにしました(相続税法第19条)。これを「生前贈与加算」といいます。
3年間の起算点は相続が開始された日、すなわち、被相続人が亡くなった日です。
2021年2月20日に亡くなったとした場合には、その日から3年間遡り、3年前の2018年2月20日から被相続人が亡くなった2021年2月20日までの間になされた贈与が対象となります。
なお、ここで、その贈与がいつ行われたかに関して、贈与の合意をした日と、実際にその財産が移転した日が異なる場合にいずれの日を贈与がなされた日と考えるかという問題があります。
これについて、民法549条は、「贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。」としていますので、実際に財産の移動があった日ではなく、贈与の合意が成立した日が贈与日となります。
従って、上記の例で、被相続人から相続人への200万円の贈与について2018円1月10日に合意し、実際にその現金が振り込まれたのが2018年2月25日だとした場合、実際に振り込まれたのは相続開始の3年以内ですが、贈与の合意がなされたのは3年以上前となるため、この200万円の贈与は生前贈与加算の対象とはならないことになります。
相続税加算の対象となるのは、被相続人が亡くなったことによって、被相続人の財産を相続または遺贈により取得した人です。
従って、贈与者が亡くなる前3年以内に贈与を受けた人であっても、その人が、贈与者の相続人や、贈与者からの遺贈を受けた人ではない場合には、生前贈与加算は問題になりません。
なお「遺贈」とは、被相続人が遺言によって自己の財産を特定の人に与える処分行為をいいます。遺贈は、相続人に対して行うこともできますし、相続人以外の第三者に対して行うこともできます。
生前贈与加算の対象となるのは、暦年課税方式による贈与です。相続時精算課税方式による贈与は、その制度自体において、贈与額を相続財産に加算して相続税を計算することが予定されている制度ですので、生前贈与加算という事を問題にする必要がありません。
一方で、暦年課税方式によってなされた贈与である限り、その贈与された財産の価額が贈与税の控除の範囲内(年間110万円以下)の少額な場合であっても生前贈与加算の対象となります。
生前贈与加算について、注意が必要なのは、相続人ではなく、また、遺言による遺贈をうけたわけではないが、被相続人が亡くなったことにより生命保険金や、死亡退職金を受け取った人についても、生前贈与加算が適用されるということです。
生命保険金や死亡退職金は、被相続人が所有していた財産ではないため、本来の「相続財産」ではありません。しかし、その受取人は、被相続人が亡くなったという事実に基づいて保険金や退職金を受け取ることになるため、「みなし相続財産」とされており、その取得価額に対して相続税が課されます。
そこで、その受取人が被相続人の亡くなる前3年以内に被相続人から贈与を受けていた場合には、相続の場合と同様に、みなし相続財産にかかる相続税の計算に際して、贈与を受けた価額を加算して相続税を計算することになります。
ここまで、相続開始前3年以内になされた贈与について、生前贈与加算が適用される場合を見てきましたが、例外的に、相続開始の前3年以内になされた贈与であっても、生前贈与加算が適用されない場合があります。次に、これらの制度について見ていきます。
結婚して20年以上経過した夫婦間においては、配偶者への居住用の不動産、又は、居住用不動産を取得するための資金の贈与については、最高2,000万円までが非課税とされています。これを配偶者控除といいます。
贈与された居住用不動産、又は、住宅取得資金のうち、2,000万円までは贈与税が課されません。そして、この贈与税の控除は、相続開始の3年以内になされた場合でも、変更ありません。
従って、たとえ被相続人が亡くなる前3年以内に居住用不動産又はその取得資金の贈与がなされた場合であっても、生前贈与加算の対象とはなりません。
平成27年1月1日から令和3年12月31日までの間に、親や祖父母などの直系尊属から、子や孫等に対して居住用の家屋の新築、取得、増改築の費用に充てるための資金が贈与される場合、一定の要件が満たされると、一定金額の範囲で贈与税が非課税とされます。
住宅 |
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増改築工事 |
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以下の金額を上限として、贈与税が非課税とされます。
住宅取得等に係る契約締結日 | 省エネ等住宅 | 省エネ住宅以外 |
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平成31年4月1日~令和2年3月31日 | 3,000万円 | 2,500万円 |
令和2年4月1日~令和3年3月31日 | 1,500万円 | 1,000万円 |
令和3年4月1日~令和3年12月31日 | 1,200万円 | 700万円 |
住宅取得等に係る契約締結日 | 省エネ等住宅 | 省エネ住宅以外 |
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平成27年12月31日 | 1,500万円 | 1,000万円 |
平成28年1月1日~令和2年3月31日 | 1,200万円 | 700万円 |
令和2年4月1日~令和3年3月31日 | 1,000万円 | 500万円 |
令和3年4月1日~令和3年12月31日 | 800万円 | 300万円 |
そして、この贈与税の非課税措置は、その贈与が相続開始前3年以内になされた場合でも適用され、生前贈与加算は適用されません。
平成25年4月1日から令和5年3月31日までの間に、30歳未満の人が、父母や祖父母などの直系尊属から教育資金の贈与を受けた場合に、1,500万円まで、贈与税の控除を受けられる制度です。
学校等に支払われる金銭 |
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学校以外に支払われる費用 |
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受贈者1人につき1,500万円までが非課税とされます。
但し、学校以外に支払われる教育資金の場合には上限金額は500万円とされます。
教育資金の一括贈与がなされた後、3年以内に贈与者が亡くなって、相続が開始された場合には、贈与された金額のうち、実際に教育資金として支出された金額を除いた残金(これを管理残額といいます。)については、相続財産に加算されることになります(但し、相続開始時に受贈者が23歳未満の場合は除きます)。
但し、既に教育資金として支出された金額については、生前贈与加算は適用されません。
「結婚・子育て資金の一括贈与の非課税」とは平成27年4月1日から令和5年3月31日までの間に、20歳以上50歳未満の方が、直系尊属から結婚・子育て資金に充てる資金の一括贈与を受けた場合、最大1,000万円まで非課税とされる制度です。
結婚資金 |
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子育て資金 |
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受贈者1人について1,000万円(但し、結婚資金については300万円)までの金額に相当する価額について、贈与税が非課税となります。
結婚・子育て資金の一括贈与がなされた後に贈与者が亡くなって、相続が開始された場合には、贈与された金額のうち、実際に結婚・子育て資金として支出された金額については、それが3年以内に贈与された場合であっても、生前贈与加算は適用されません。
一方、贈与額から実際に支出された金額を除いた残金(これを管理残額といいます。)については、受贈者が相続により取得したものとして扱われます。その結果、管理残額については、受贈者の相続税を計算する際に、加算して、相続税を計算することになります。
以上、生前贈与加算と、その例外として生前贈与にもかかわらず、生前贈与加算が排除される場合について見てきました。
生前贈与による相続税の節税についても、生前贈与加算という形で制限が生じますが、その一方で、生前贈与の内容によっては生前贈与加算の適用が排除される場合があります。相続税対策のためには、生前贈与加算という制度を認識した上で、それが適用されない例外的な場合についても把握し、上手に活用することが必要です。
生前贈与は、高度な専門知識が必要です。中途半端に理解して進めると手痛いミスにつながり、取り返しがつかなくなることも考えられます。ご自身で判断するのが難しい場合、まずは相続の専門家からアドバイスが欲しい方は、ぜひ当サポートセンターまでご相談ください。