平成25年からスタートした教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置も10年を超え、何度も廃止の声が上がりつつも、令和5年度税制改正大綱においてさらに3年の期間延長が決まりました。
参考サイト財務省「教育資金、結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」
信託協会の調査でも、2022年9月末現在の教育資金贈与信託の契約数(累計)は255,450件、信託財産設定額合計(累計)は1兆9,155億円となっており、いずれも過去最高の数字となっています。
制度自体の手続きの煩雑さに加え、富裕層優遇との批判もあるこの制度ですが、利用者数は着実に伸びており、富裕層が生前に相続対策を検討する上で、有効な手段であることには間違いありません。
一方で、利用者数の増加に比例して思わぬトラブルに遭遇する人も増えています。本記事では相続に強い税理士が多数在籍する杉並・中野相続サポートセンターが令和5年度税制改正大綱における改正内容について分かりやすく解説しつつ、実際にあった教育資金の一括贈与にまつわるトラブル事例をご紹介していきます。
令和5年税制改正は2023年3月閣議において正式決定されます。本記事は2022年12月に公表された令和5年度税制改正大綱を基に執筆されています。
目次
通常、1年間に贈与を受けた額の合計額が110万円を超えると、贈与税が課税されますが、この教育資金の一括贈与を使えば、1,500万円を限度に贈与税が課税されずにお子さまやお孫さま等の教育資金を援助することができます。
正式名称は「教育資金の一括贈与に係る贈与税非課税措置」といい、世代間の資金移動を円滑にすることで経済を活性化しつつ、子供・孫の教育のために資金を援助したいと考える祖父母・親を支援する制度として平成25年に制度が発足しました。
贈与者(贈与する側・委託者)は「受益者の直系尊属」に限られます。つまり祖父母や曾祖母、父母が対象となります。
また受贈者(贈与を受ける側・受益者)は「信託契約を締結する日において30歳未満の個人」で、「前年の合計所得金額が1,000万円以下の方」に限られます。
ただし、受贈者が23歳に達した日の翌日以降に支払われるものについては、学校等に在学している場合を除き、教育訓練給付金の支給対象となる教育訓練を受講するための費用(パソコン教室など)に限定されます(令和元年7月1日以降)。
また、制度活用に際しては、信託銀行等と信託契約を締結することが必要ですので、受贈者に現金で手渡しした場合などは対象にはなりません。
2023年(令和3年)3月31日に適用期限を迎えることになっていましたが、令和5年の税制改正において3年間の延長が決まり、特例の適用期間は令和8年3月31日までとなりました。
適用期間は延長されましたが、過度な節税目的で利用されることを是正するため、適用要件はさらに厳しくなったと言えます。
元々この制度を利用した贈与者が生存中に、受贈者が30歳に達した場合等における贈与資金の残額については、贈与税が課されることとされていましたが、令和5年度の税制改正を経て、年齢に関係になく一般税率が適用されることになり、厳格化されました。
また、信託期間中に贈与者が死亡した場合の課税について、贈与者の死亡時期に関わらず、一定の管理残額は相続財産に加算され、さらに相続税も2割加算の対象となることになるなど厳格化されたと言えます。
ただし、受贈者(孫)が23歳未満である場合や、23歳以上でも学校などに在学している場合は、一定の管理残額は相続財産に加算されず、相続税の2割加算の対象にもならないとされていますが、この条件に当てはまる場合であっても、贈与者の死亡時の相続税の課税価格が5億円を超える場合は、拠出時期が令和5年4月1日以降の場合は一定の管理残額が相続財産に加算されることになり富裕層に対しては厳しい改正内容と言えます。
制度自体は存続が決まったものの、今回の改正を経て、富裕層が教育資金の一括贈与制度を過度な節税目的で利用することをけん制するために、全体的にみて制度適用要件は厳格化されたと言えるでしょう。
続いて教育資金の一括贈与にまつわるトラブル事例を見ていきましょう。
祖父が孫に対して、教育資金とし1,500万円を一括贈与し、その5年後に死亡したケースです。
贈与を受けた当時17歳だった孫のAさんは、大学の入学金・学費に加えセカンドスクールの費用として祖父から贈与された資金のうち約500万円を使いました。
Aさんは教育資金のうち約1000万円を残した状態で大学を卒業し、社会人になっていましたが、30歳までに一括贈与された教育資金の残額を使い、海外でのMBA取得を計画していました。
しかし、贈与者である祖父が死亡したことで、まだ教育資金として使っていない1,000万円はそのまま相続税の課税対象となることになりました。こうした「持ち戻し」が生じることでAさんには思わぬ税負担が生じることになり、海外の大学院留学をあきらめ、国内大学院への進学へと方針変更することになりました。
教育資金贈与契約を締結する前に、制度活用によってどの程度の相続税の節税効果があるのかを必ず確認しましょう。
教育資金の一括贈与以外に節税効果の高い特例等があれば、必ずしも教育資金贈与に拘る必要はありません。
そういう意味では、教育資金の一括贈与はかわいい子供や孫にハイレベルな教育機会を提供することを主目的にしつつ、付随的に節税効果を得ることを目的にする方が制度趣旨にも合うと言えます。
教育資金の一括贈与を用いた相続税対策は、信託期間の満了まで贈与者が存命であることでその効果が最大化されます。そのため、受贈者の年齢がすでに成人に近いようなケースでは信託期間中に贈与者が死亡することによって期待する節税効果が得られなくなる可能性があります。
また、孫・ひ孫への教育資金の一括贈与を行う際は、贈与者自身の年齢、健康状態等も十分考えたうえで制度活用を考えた方がよいでしょう。
受贈者(孫)が10歳の時に祖父Bさんから教育資金の贈与を受けたケースです。Bさんもまだ元気で、贈与によって一定の相続税対策ができた一方、受贈者である孫は塾通いなどほぼすることなく公立の中学・高校と進学し、大学も自宅から通える国立大学に進学しました。
受贈者(孫)がきわめて優秀なコースを歩んだ結果、当初Bさんから受けた1500万円の贈与資金は23歳到達時でも約800万円余ってしまう見通しになりました。
このままでは残額に対し受贈者(孫)が贈与税を支払うことになってしまいます。余った800万円から基礎控除分の110万円を差し引いたとしても、残額の690万円には40%の税率がかかり、孫が負担する贈与税は276万円にもなってしまいます。
受贈者である孫が18歳(成人)になったら、原則としてこれまでお金の引き出しを担っていた親(贈与者から見た子)に代わって、受贈者自身が資金の引き出し等の手続きをしなければなりません。
信託金融機関からこのことを告げられたBさんは民法改正により成人年齢が18歳に引き下げられた影響とはいえ、少し不安な気持ちになりました。
このように贈与した教育資金が余ってしまうことを防ぐためには、受贈者(孫)に対する教育方針をあらかじめ当事者間で共有しておくことが重要です。
どんな習い事をさせるのか、私立の中学・高校への進学はどのように考えるのか、など贈与者と受贈者の親権者の間で共有したうえで教育資金を一括贈与するかどうかを判断すべきでしょう。
また、受贈者が一定の年齢に達した際には受贈者とも教育資金の一括贈与の趣旨等をすり合わせておいた方がよいでしょう。
あえて教育資金の一括贈与はせず、暦年贈与(110万円)をとした方が贈与者の相続税対策と受贈者側の税負担回避の観点からはよりよい選択になるケースもあります。
会社経営者であるCさんには2人の子供がおり、長男側に2人、長女側に1人の孫がいました。
長男夫婦の家庭は円満である一方、長女は子供をもうけた後、離婚し一人で子供を育てており、経済的にもやや苦しいとの話を聞いていました。
当時Cさんは事業も順調で自身の資金面も余裕があったことから、ネット上でも特定の孫にだけ教育資金の一括贈与を行うことは可能との情報もあったことから、6年前に長女側の孫だけに1500万円の教育資金の一括贈与を行いました。
Cさんが信託金融機関での手続きも完了した後、贈与の事実を長男に告げたところ、長男から「なぜあちら(長女側)だけに教育資金贈与を行うのか。同じ兄妹なのだからこちらにも同じようにしてほしい。」と言われてしまいました。
Cさんの事業がいくら順調だからと言って、長男側の孫2人に対し、同額の教育資金贈与をするまでの余裕はありません。
制度上、特定の孫にだけ教育資金の一括贈与を行うことは可能です。しかし、Cさんが長女側の孫にだけ贈与したことが原因で家族間に不協和音が生まれることになってしまいました。
家族間の不協和音は気になりつつも、Cさんは順調に育っていく孫たちを見ながら月日は過ぎていきました。一方、Cさんの事業の方は徐々に勢いがなくなり、2年前に会社の清算を行いました。
Cさんは年金を受給しつつこれまでの蓄えを取り崩す生活に入ったのですが、これまでのような生活が送れるか少し不安になっていました。
一方で、「本当に苦しくなったら信託金融機関に預けている孫への教育資金を少し使わせてもらおう。」と気楽に考えていました。長女からも贈与した教育資金はあまり使っておらず、かなりの額が信託金融機関にあると聞いていたからです。
ある日Cさんは教育資金の信託契約を解約して、Cさん自身の手元に資金を戻せるか信託金融機関に聞いてみました。
すると金融機関から「信託財産のすべてを交付した場合を除いて、合意により信託契約を終了すること(=途中解約)はできません。つまり、贈与した祖父母さま等に資金を戻すことができません。」と言われてしまいました。
Aさんは一括で贈与した教育資金をもとに結んだ信託契約は解約できないことを十分理解しないまま贈与を行ってしまったことを後悔します。
ネットの情報を鵜呑みにした結果、Aさんは家族間の不和に加え、自身の老後資金の不安にも悩まされることになってしまいました。
教育資金の一括贈与は相続税の節税効果が高い制度といえますが、どれだけの効果が得られるのかを事前に検証することに加え、「受贈者に対する教育方針、現在の年齢や在学状況」「贈与者の年齢・健康状態」などを総合的に検討する必要があります。
また、税制改正前から制度を活用している場合、拠出時期がどの税制であったのかで使い切れず残った教育資金についての残額の計算が複雑となり、さらに相続税の2割加算についても目配りする必要があります。
これから教育資金贈与をお考えの方はもちろん、すでに教育資金贈与をされている方も、まずは相続に強い税理士に相談されることをおすすめします。教育資金の一括贈与以外にも節税効果の高い方法を検討できる可能性があります。
また、日々相談できる専門家とあらかじめ接点を持っていれば、いざ相続が発生した際の手続きもスムーズに進めることができるようになります。
杉並・中野相続サポートセンターでは経験豊かな税理士、行政書士、FPなどが在籍しており、教育資金の一括贈与をはじめとする、相続対策に関する相談をお受けしています。また、各分野に精通した専門家とも連携し、税金に関して起こりうる様々なトラブルへの対処方法へのアドバイスから記帳・申告まで一括サポート可能です。
相続対策をこれから検討したい、既に対策済みだが見直したいなどのご相談がございましたらぜひお気軽にご相談ください。
初回利用者向けの無料相談会も開催しておりますので、まずは一度お気軽にお問い合わせくださいませ。本記事は2022年12月末の税制および公開情報に基づき執筆されています。